山本一力に心酔
いやー泣きました。山本一力の世界にグイグイ引きこまれました。「菜種晴れ」一気に2日で読み終えました。私は時代小説は司馬遼太郎・津本陽作品以外あまり読まないのですが、「あかね空」を読んで以来、今では完全に一力ファンになってしまい、彼の作品のほとんどを読破しました。
山本一力さんは、46歳から小説家をめざすといういわゆる遅咲きの人生ですが、53歳になった時に直木賞を受賞し、それから一気にブレイクしました。彼の作品の底に一貫して流れているのが、江戸深川の人情と機微で、何よりも過酷な運命や災害にくじけない前向きの姿勢を描いているところに勇気づけられます。それに時代考証もしっかりしていて、登場人物の年表をきちんと描き、本人が主人公になりきっているところが本当いいです。
「菜種晴れ」の舞台は江戸末期、房総勝山の菜種栽培農家に生まれた二三(ふみ)という娘が、5歳で江戸の菜種問屋の養女にもらわれることになります。肉親とのつらい別れに耐え、大店の跡取り娘として成長する二三だったのですが、15の時深川の大火事で店を失い、養父母も亡くなります。10年後、生母直伝のてんぷらの揚げ方でてんぷら屋を開業し、江戸の評判をよぶというのが大まかな内容です。
ここまで読めば同氏の作品「だいこん」を想起させるようなサクセスストーリーかと思いきや、開業した天ぷら屋は安政の大地震により倒壊、かけがいのない生母と婚約者を同時に亡くするという事態を招きます。一力さん、なにもここまでニ三(ふみ)を追い込まなくてもいいのにと、正直なところ思いました。
しかし、二三(ふみ)はくじけないのです。自分の力で立ち上がるのです。
後ろを振り返ってあれこれと思い返すのは、二三の生き方ではなかった。なにが起きても懸命におのれを奮い立たせて、前へ前へと歩んできた‥
二三の気丈さと苦しい時ほど助け合う下町の人情と心の豊かさ。私たちの忘れたいたものを思い起こしてくれるようなすばらしい作品でした。
わたしもくじけない。
「菜種晴れ」を読み終え、余韻に浸りながら飲んだウイスキーの水割りは格別のおいしさでした。
※私の好きなフレーズ
つらいときは、好きなだけ泣きなはれ。足るだけ泣いてもよろし。そやけど、自分が可哀相やいうて、あわれむことだけはあきまへんえ。それは毒や。つろうて泣くのと、あわれむのとは違いますよってな。
山本一力作品「梅咲きぬ」より