卒塾生の成長
「いらっしゃいませ」「‥‥カードはお持ちでしょうか」本物の店員と見間違うほどの丁寧な物言いと物腰。私は客への応対のしかたに思わず見惚れてしまった。ようく見ると「T君」じゃないか。レジの順番でやっと私とわかった彼。
「先生、お久ぶりです」
「久しぶり。頑張っているな」
「頑張っていますよ」
「君の変わりっぷりを見てビックリしたよ」
「あの頃の僕は、へたれでしたからね」
「大学、まじめに行っとんの」
「はい。一度も休んだことはありません。」
「また食事でも行こうか。塾に遊びにおいでよ。」
「はい。ぜひ行かせてもらいます。楽しみにしています」
レジの順番待ちのお客さんのこともあり、とても短い会話であったが、何か久しぶりに心が躍るような気持ちだった。
A君は高校に入ってすぐわが塾に入ってきた。シャイなところがあり、「こんばんは」のあいさつさえろくにできなく、遅刻も多かった。そんな彼は成績も上がるわけでなく、結局自分の本意としない大学に入ることになった。その時私は彼に「大学ではない。どんな大学にせよ、そこでどれだけ学び、人間としての力をつけるかが問題だ。」と言った。そんな彼が見事に変わっていた。成長していた。そして、自信にあふれていた。
彼は昨日の自分を否定することによって大いなる成長を遂げている。「大人は成長の停滞を恐れ、若者は成長そのものを信じていない」という作家がいたけれども、彼にはその言葉が当てはまらない。
しかし、20代の自信は誰もが認めてくれない自信だ。それは人並み以上にした努力に裏打ちされたものじゃないだろうか。その自信を他の人に理解してもらうことは難しいことだと思う。それでも理解してもらえると信じることが本当の自信ではないだろうか。
先日、警官になって警察学校で修業中の卒塾生も遊びに来てくれた。鍛えられた体と精悍な顔つき。風貌は警官そのものである。一時は「もう、ついていけない」と弱音を吐いていたが、警察学校の休みの前日には必ず土産を手に塾に顔を出してくれる。今は駐在所に研修で行っているとか。話をしてくれる彼の眼は光り輝いていた。約束通り、焼き肉を食べに講師とともに行ったのだが、その食欲にもまた驚かされた。
トイレで思わず財布の中身を確認し、ほっとした私だった。